約束〜もう一度あの場所で〜(49〜54)



2006/05/07(日) 約束〜もう一度あの場所で〜‥49

 今日の和希は、ただでさえ元気が無かったというのに、ケイタはそんな和希を更に不快な気持ちにさせてしまったのだ。
「俺何やってるんだろ。」
 とぼとぼと、肩を落としてケイタは歩いた。
 ライトに淋しく照らされた歩道を歩く。
 辛そうな和希の顔を見ている事が悲しかった。ケイタに出来たのは和希を抱き締めてあげることだけだった。
「はぁ‥。」
 一人の部屋で眠る和希を思いケイタは深くため息をついた。
 自分に見せたあの顔を、今、一人の部屋でしているのかもしれないと思うと辛かった。
 豪華な調度品が並ぶあの部屋で、一人で眠る和希が哀しかった。
 豪華な豪華な部屋で作り笑いを浮かべ平気な振りをする。顔色も悪く、ちゃんと眠っていなかったのだろう‥目の下にはクマまで出来ているというのに、和希はケイタに笑って、もう平気だと言ったのだ。
「全然平気なんかじゃないくせに。」
 和希の大切な友達が何故亡くなったのか、なぜ和希を恨むのか、そんな理由は知らなかったが、和希が幻を現実と信じたくなる程、その友達の死に罪の意識を持ち、そして悲しんでいることだけはケイタにも理解できた。
 その悲しみを癒すこと等、自分には出来そうも無いことも分かっていた。
「うん‥て言えば良かった。」
 嘘の笑顔を浮かべて、嬉しいと言えば、和希の気持ちは少しは晴れたのだろうか?−−−ケイタは後悔しながらトボトボと夜の道を歩いた。
 ケイタの足音だけが夜の街に淋しく響いていた。
「和希さん‥‥俺なんでこんなに悲しいの?」
『ごめんね』と、笑顔を作り謝る和希の姿が頭から離れない。
 出来ることなら和希の傍に居たかった。
 何も出来ない、自分は和希を怒らすことしか出来ない。それを理解しながら、それでもケイタは和希のために何かをしたかった。
 何も出来なくても、せめて傍にいたかった。
 傍にいて眠る和希の体をずっと抱き締めていてあげたかった。
 ケイタがこんなことを思うのは始めてだった。他のどんな客にも、こんな風に思ったことは無かった。
「ごめんなさい‥和希さん。」
 和希に心を残しながら、ケイタはトボトボと一人歩いていた。
「電話‥してみようかな。」
 ‥おやすみなさいと言って、明日の約束をして、そして‥。和希が眠りにつくまで、せめて声だけでも一緒にいよう。
 もしも和希が望むなら、一晩中でも話をしていよう。
 その考えはケイタの心を少しだけ明るくした。
「電話、電話ええと‥。
‥‥。え?」
 立ち止まり携帯電話を取出し、和希の携帯電話の番号を呼び出そうとした瞬間、背後に人の気配を感じ振り向いた。
「こんばんは。」
 振り替えると、見知らぬ男が笑顔を浮かべ立っていた。
「あの?」
 知らない‥少なくとも今までの客では無い。
 おぼろげな記憶をさぐりながら男の顔を見つめ、ケイタはそう答えを出すと、戸惑いながら口を開いた。
「あなたは‥あの‥。」
「私ですか?」
 男の唇の端が上がる。
「‥‥あ、ええと、俺急ぐので、あの‥。」
 穏やかに笑うその顔が、なぜか恐くて、ケイタは後退りながらそれでも視線を外せずにいた。
 仕立ての良いスーツを着て笑う男のその瞳は、笑ってなどいなかった。
 人気の無い道を歩いていたというのに、ケイタは声を掛けられるまで男が自分の後ろを歩いていることに気づきもしなかった。
「あの‥。」
 この人、いつから俺の後ろを歩いていたんだろう?
 ケイタは戸惑いながら周囲を見渡した。
「恐がらせてしまいましたか?申し訳ありません。」
 夜の闇に通る声、それは機械仕掛けの人形の様で、ケイタの背中に悪寒が走る。
「恐がらなくて良いんですよ?私はあなたに危害を加えたいとは思っていない。」
「‥あなたは、一体‥。」
 恐いのに目が離せない。 男の感情の無い瞳を見つめたまま、ケイタは動けなくなってしまった。
「私と一緒に‥さ‥。」
 ゆっくりと男の手がケイタに伸びる。
「ひ。」
 逃げなければ、そう思いながら、ケイタは、短い悲鳴を上げることしかできなかった。



                    ◆          ◇          ◆



2006/05/12(金) 約束〜もう一度あの場所で〜‥50

「さあ‥。」
 逃げられない。怯えて目の前の男を見つめながら、ケイタはズズッと後退る。
「さあ、私と一緒に‥。」
「嫌。」
 誰か‥。恐怖に目蓋を閉じた瞬間、ケイタの体の脇を風が通り抜けた。
「ケイター!やっほ−!また会ったなぁ。」
「え?」
 能天気な声とともに、キキキキッッ!と耳障りな音をたて、男から遮るように、ケイタの目の前に自転車が止まった。
「チ。」
「俊介!」
 聞き慣れた明るい声、それがケイタの体の緊張を解いた。
「よ、今帰りなん?
 また後ろ乗ってくか?‥ん?なんやおっさん。
ケイタ?知り合いなんか?」
 俊介は、ケイタを自分の体で守るように立ちながら聞いた。
「ううん。」
「‥‥いいえ、ただの通りすがりです。
 ククク。また機会があったら‥そう次は是非お付き合いくださいね。」
「なんやて?あんた、何もんなんや‥!」
 俊介の声に、にこりと笑い、男は靴音をたて去っていった。
「ふう。」
 遠ざかる足音を聞きながら、ケイタは深く息を付き俊介を見つめた。
「ありがとう、助かった。」
 俊介に会わなければ、きっと‥‥考えてケイタは震えた。
 遠ざかる足音。やはりさっきは意図的に足音を消していたのだと気付いて、ケイタはブルリと震えた。
「大げさやなあ‥まあええけど。行こか。」
 俊介は呆れたように言いながら、くしゃりとケイタの髪を撫でる。
「え、うん。」
「後ろ乗って。」
「ありがと。」
 自転車の荷台に座り、俊介の腰に腕を回すとケイタは息をついた。
 震えが止まらない。あの男の無表情の瞳が怖かった。低く響く声が恐かった。
「‥‥。」
「なあ、あいつナンパ?」
 ゆっくりと自転車のペダルを踏みながら、俊介が聞いた。
「さあ‥。」
 そうとしか答えようが無かった。
「さあってなあ‥ケイタは呑気やなあ。」
「知らない人に、突然声掛けられるのは、始めてじゃないから‥。」
 怖かったけれど、それを俊介にそのまま話す訳にもいかず、ケイタは曖昧に答えるしかなかった。
「危ない危ない。遅くなるんなら、中嶋センセに迎えに来てって言うたらどうなんや?」
「嫌だよ。」
 俊介の問いにケイタは拗ねた声で答えた。
「嫌ってなあ?危ないやろ?今どき男だって安心出来ひん世の中なんやで?」
「そんなこと知ってるけど。嫌なんだもん。」
 仕事の後に一人で帰るのは、ケイタの意地の様なものだった。
 過保護な保護者達が、その事をよく思っていないのは良く分かっていたけれど、その為に何度怒られ諭されたか分からないけれど、体が疲れて歩けない時以外は、ケイタは迎えを頼むことはしなかった。
「ならタクシー使うとか、早う帰るとかせなあかんやろ‥。」
「それも無理。」
「頑固者。危ないやん。
今度からちゃんとセンセに迎えに来てって頼むんや、ええな?ホンマに危ないんやから。気ぃつけんと。」
 ゆっくりゆっくりペダルを踏みながら、俊介は諭すようにケイタに言った。
「大丈夫だよぉ。俺運は良いほうだもん。
今だって俊介が助けてくれたじゃない?」
「そりゃ今はな‥でも運が良い?ほんまに?勘違いやろ?」
「良いってば!!だって中嶋さん達に逢えたもん。だから俺今幸せなんだもん。
なんでそんな事言うの?」
「‥‥ケイタ、幸せなんか?ほんまに?」
「幸せだよ。俺は幸せなんだよ。なんで疑うんだよぉ。意地悪、俊介の‥莫迦。」
 俊介はケイタの仕事も、境遇も知らない筈だった。
 その俊介にあっさりと否定され、ケイタは意味の無い不安に潰されそうになりながら、それでも必死に言葉を返した。
 もしも他人に君は不幸だと言われても、ケイタにはそれを否定する理由があった。
「悪い。人を疑うのは悪い癖なんや。」
「へんな癖。」
「ええやん。そっかケイタは幸せなんやな‥。」
「幸せだよ。だって俺は大好きな人達と暮らしてるんだから。」
 幸せなのだ。中嶋と丹羽の傍に居ることが幸せ。だから他は望まない。
 二人の傍に居られるなら、それで十分幸せなのだ。
「大好きな人か。」
「だから、幸せ。」
 中嶋と丹羽の傍で暮らすこと、それがケイタの幸福だった。
 例え他人にはそうと見えなくても、それでも幸せなのだ。
「もしも不幸になるとしたら‥それは二人から引き離された時‥ううん、二人から捨てられた時だよ。」
 一人でケイタは生きていく事など出来ない。大好きな人の傍で、生きていて良いと言われて、それでやっと息をすることができる。
「俺はあの人たちの傍だから笑える。あの人達が俺を傍に置いてくれるから生きていけるんだ。」
「そうかあ‥そうなんやな‥自分のものさしは他人には通用せんもんなんやな‥。」
「え?」
「こっちの事や。じゃあさ、ケイタは誰かを恨んだことある?」
「恨み?‥無いよ。」
「一回も?」
「悲しかったことはあるけど、でもそれだけ‥。」
 ケイタは自分でも不思議だった。
 本庄を恨んでいないのか?本庄が居なければ‥と思わないのか?以前丹羽にそう聞かれた時、ケイタは返事に困ったのだ。
 本庄はケイタにとって恐怖の象徴とも言える相手だった。けれどそれだけだった。
 憎いという感情を本庄に持ったことは無かった。
 ただ、本庄から憎まれているという事実が悲しかった。なぜかとても悲しくて堪らなかったのだ。
「そうかぁ‥良い子やなあ。ケイタは。優しいもんなあ。」
「優しくなんかない。ずるいだけだよ、きっと。弱くてずるいだけ。」
 俊介の背中に寄り掛かりながら、ケイタは目を瞑り考えていた。
 憎いとは思わない。本庄に脅される度に悲しくなるけれど、それでも憎いとは思わない。
「俺が強ければ‥もっと強ければ‥。」
 そうしたら‥‥。
「ケイタ?弱いって事は悪いことと違うと思うよ?」
 俊介の声がケイタの頭に優しく響いた。

※※※※※※※※※※

相変わらずの偽物関西弁です。すみません−。
いっそ俊介に標準語話させようかと思う今日この頃です(T_T) 



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/15(月) 約束〜もう一度あの場所で〜・・51

 自分の周りの人達はどうして皆こんなに優しいのだろう。
こんな風に優しくされる価値は自分にはあるのだろうか?−−−俊介の声を聞きながらケイタは、和希を思った。
 和希を悲しませている自分が、他の人間の優しさに守られている。それが後ろめたくて、情けなくて、ケイタは胸の奥がきりきりと痛んだ。
「弱いのは悪だよ。罪だと思う。俺はそう思う。」
 唇を噛み締めケイタはギュッと目を瞑る。
 もっと自分が大人なら、きっと和希を怒らせたり悲しませたりしないのに、もっと自分が強ければ、中嶋さん達に迷惑を掛けずにすむのに。ーーーーーー
 自分の弱さは罪なのだ‥とケイタは思った。
 そして、その弱さを理由に守られているだけの自分の存在は悪なのだ、とケイタは思った。
 変わらなければならない。
 恐くても苦しくても、変わらなければ、そうしなければ自分は周りの人間を不幸にするだけなのだ‥そう決心してケイタは目蓋を開いた。
「俊介、中嶋さんと王様に、さっきの事話したりしないって約束してくれる?」
 変わらなければいけない。
 恐くても、苦しくても。いつまでも甘えていて良い筈が無い。
 覚悟を決めて、自分自身に言い聞かせながら、ケイタは俊介の背中に言った。
「何言いだすん?そんなん無理に決まっとるやろ?」
 キキキッ!!とブレーキの音を響かせ、俊介は自転車を止めると、振り向いてケイタを見つめた。
「知らせとかなあかんて。
 実際危なかったんやから、そうやろ?」
「でも、話しちゃ駄目!!絶対絶対駄目なんだよ!!」
「駄目言うても、あの人達ケイタの保護者やし‥。」
 ケイタの剣幕に押されながら、俊介はもごもごと口の中で言葉を紡ぐ。
「駄目なの!!だからお願い。」
 ケイタはこれ以上2人に心配を掛けたくなかった。
 中嶋達はケイタを大事にしてくれる、本当に大事にしてくれる。
 自分の生活を犠牲にしてまで、ケイタの為に‥。
 2人の犠牲のがあってこその、幸せと安心なのだとケイタは理解していた。
 だから2人に守られる事は幸せで、苦痛だった。
「駄目なんだよ‥だから‥。」
 ケイタの視界がゆらゆらと揺れ、俯くとポロリと涙がこぼれ落ちた。
 強くならなければ、そう思うのにこんな事で泣いてしまう自分がをケイタは嫌悪した。
「‥座って話そ?な?」
 ケイタを立たせ、歩道の端に自転車を止めると俊介はその脇に座り込んだ。
「ほら、ケイタも。」
「うん。」
 俯いたままケイタは俊介の隣に座り、ゴシゴシと手の甲で両目を擦った。
「ケイタ?俺は友達を危ない目に合わせたくないんや。
 危ないの分かって放ってなんていられへんもん。
それは分かる?」
 ケイタの顔を覗き込みながら、俊介が言った。
「うん‥でも‥。」
「なんで駄目なんや?先生達迎えに来るのが嫌や、なんて言わんやろ?
 あの人達ケイタの事、大事に大事にしとるもんな。」
「うん、凄く大事にしてくれてる。
 でも、それが俺には辛いんだ。」
 ケイタ傍に居る為に、守る為に中嶋達は生き方を変えた。
 当然の顔をして二人はずっとケイタの傍にいた。
「二人はね凄いんだよ。
 本当はね、俺みたいな人間が傍に居られる人達じゃないんだ。
 なのに、俺の為に二人とも自分が本当にやりたかった仕事を諦めて、傍に居てくれてる。」
「ケイタ?」
「俺って疫病神だよ。まわりを不幸にしちゃうんだ。」
「そんな事無い。」
「え?」
「ケイタが疫病神なんて、そんな事あるわけないやろ?
 あほやなあ、そんな風に自分のこと思っとったんか?」
「う・・・うん。」
「ケイタはそんなんちゃうよ。
 ケイタは良い子やもん。優しい良い子や思うよ。
 ・・・疫病神なんかと違う。」
「俊介。」
 くしゃくしゃと自分の髪を撫でながら笑う俊介を、ケイタは不思議な気持ちで見つめていた。



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/16(火) 約束〜もう一度あの場所で〜・・52

「どうしてそんな風に思うの?なんで優しくしてくれるの?
 そんな価値は自分には無いのに、どうして皆俺にそんな・・。」
「そんな価値無いって思う?本当に?
 だから、ケイタはあほや言うんや。
 ったく・・・。」
「だって・・・。」
「あのなあ、ケイタの笑ってる顔が見たいって思うんや。
 泣かせたくないって思う。なんでかしらんけど、ケイタにはそう思わせる何かがあるんや。」
「・・・なにかって?」
「そんなん分かってたら苦労せんて。なにかは、なにかや。」
 カラカラと笑いながら、俊介はまたケイタの髪をくしゃくしゃと撫ぜた。
「も〜っ。くしゃくしゃになっちゃうよぉ。
 俺くせっ毛だから、一度くしゃくしゃになると大変なんだぞ!」
「へへへん。じゃあ、もっとくしゃくしゃに・・・。」
 笑いながら俊介は、ケイタの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「俊介!!」
 慌てて逃げながら、ケイタは声を上げた。
「その方が良いな。」
「え?」
「泣いてるくらいなら、怒ったほうがいい。勿論笑っててくれたらもっともっとええけど。」
 にっと笑いながら、俊介は小さな子供にするように、ケイタの頭をぽんぽんと叩いた。
「俊介。」
「辛いときに無理して笑えとは言わんよ?
 でもな、ケイタには笑ってて欲しい。俺はそう思う。
 きっとな、中嶋センセも王様も同じ様に思ってる筈や。
 だから二人はケイタの傍に居るんや、どうでもいい奴の傍に無理して居るアホは居ないって。
 あの人達はそんなお人よしちゃうって。」
「・・・・。」
「そんな暗い顔して、心配掛けたくないってケイタの気持ちもわかるよ。
 でもな?それでケイタにもしもの事があったらどうするん?
 自分たちが大事に守ってきたものを、傷つけられたら、守れんかったら、辛いよ。もの凄く辛い。
 黙っとくのは簡単やけど、もしもそのせいでケイタが危ない目に合うたら、俺は凄く後悔するよ。
 なんで話さんかったんやろう?って後悔する。
 知らんかった先生達も同じや。
 なあ、ケイタ。何かを失ってから気がついても遅いんや。
 守れなかったと、自分の力不足を悔やむのは辛い事なんや。」
「でも・・・。」
「・・・・まだ黙ってろ言うんか?強情やなあ。」
「だって。」
「強くなるってそういう事や無いと思うけどな。」
 拗ねたように俯くケイタを見ながら、俊介は呆れたように言った。
「でも・・・心配掛けるの嫌なんだ。」
 ただでさえ渋る二人を無理矢理に説得して迎えを断っていたというのに、こんな事が知れたら・・・。それを考えるだけで、ケイタは泣きたくなった。
「お願い。」
 両手を合わせ拝むようにして、ケイタは俊介に頼んだ。
「お願いお願い、お願いっ!!」
「そんなん言ったって駄目や。危ないよ。」
「危なくないもん!」
「危ないやろ?十分危ないって。
 この前は泣きそーな顔して走っとったし、今日は今日で変な男に声かけられて、ボケーッとしとるし。
 危ない言わんとなんて言うんや?え?」 
「ううう、あれはたまたま‥。」
 口籠もるケイタを、呆れたように見つめながら、俊介は頭を掻いた。
「ほらみい、自分かてよう分かっとるんやないか。
たまたまと違う。1回目は偶然かもしれへんけど、2回続いたら、それは‥ひつ‥‥。あっ‥と‥‥ははは、まあええ。」



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/17(水) 約束〜もう一度あの場所で〜・・53

「え?」
「ゴホンッ。あのな兎に角、俺はケイタが心配なんや。」
「‥。」
 誤魔化すように咳払いを一つした後、俊介はケイタの髪をぐしゃぐしゃと撫でながら、話し始めた。
「俊介?」
「分かった。こうしよ?」
「なに?」
「センセ達に話さん代わりに、俺が迎えに来る。」
「ええっ。」
 俊介の突然の提案に、ケイタは叫び声を上げた。
「なんでそうなるんだよ。それじゃ何も変わらないじゃないか。」
「変わる変わる。大きく違う。これはバイトや。」
 チッチッチッと舌を鳴らしながら、俊介は人差し指を立て左右に小刻みに揺らしながら片目を瞑った。
「バイト?俺が俊介を雇うの?」
「そうや。ケイタ天気のいい日は、午前中にマロンと散歩しながら、四谷の土手のところで昼飯食うって言ってたよな?」
「え?うん。」
 訳が分からないまま、ケイタはこくりと頷いた。
 散歩好きなマロンの為に、ケイタは王様や中嶋と連れ立って、朝晩と必ず散歩をしていた。
 御苑にあるビルから、四谷駅の桜並木が続く遊歩道までのんびりと歩き、桜の木の下に置いてあるベンチに座り中嶋手製のお弁当を食べるのが晴れた日の日課だった。
 ノンビリと、電車が通り過ぎるのを眺め、天気がいいなと空を見上げながら、学生達がスポーツをしているのを眺めすごす。
 春先には、雑草の間に生えた蕨を取るおばさんなんかも居て、ケイタは一緒になって取ろうとして、中嶋に止められたりもしていた。
「俺なあ、すっごい良く食べるんや。給料の半分以上食べ物に消えるって言っても過言やないくらい。
そやから、昼飯代浮くだけでも大助かりなんやけど。」
「・・・俺が作ったお弁当でいいの?」
「なんでもええよ。握り飯でもええ。先生達には俺が極貧やから・・・とか言うたらきっと納得してくれると思う。
 あの人たちケイタに甘いもん。」
「分かったよ。そしたら内緒にしてくれる?」
「ああ、するする。その代わり、絶対俺に電話するって約束してくれるな?」
「でも、いつも遅いんだよ?」
「ええって。いくらでも待つから。」
 嬉しそうに頷く俊介に、ケイタは『俊介ってそんなに貧乏なのかな?』と同情しながら頷いた。
「よっしゃ、そうと決まったらサッサと帰ろ。
 あんまり遅くなったら先生達が心配するもんな。」
「うん。」
「ほらほら、ケイタ早く後ろ乗って。」
「うん。ありがと、俊介。」
 自転車の荷台に乗って、俊介の腰に腕を回しながらケイタは言った。
「いいから、いいから。ケイタしっかり掴まってるんやで。」
 笑いながら俊介は、ペダルを踏み始めた。

13.闇の声

「和希様・・・。」
 聞き覚えのある声に和希は目を覚ました。
「誰だ・・・・。」
 重い瞼を無理やりに開いて和希は声を上げた。
 無理矢理流し込んだアルコールのせいで、頭が鈍く痛んでいた。
「私です・・・和希様お忘れですか?」
 暗闇に響く声に和希は息を呑んだ。
「石塚・・?石塚なのか?」
「ええ、そうです。和希様お逢いしたかった。ずっとずっと。」
 体が動かなかった。
 体を起こし声のする方へ顔を動かそうとしても、指一本動かすことができなかった。
 これは夢なのか?それとも現実なのか?



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/18(木) 約束〜もう一度あの場所で〜・・54

 鈍く痛みが続く頭でぼんやりと考えながら、和希は『石塚・・』と名前を呼んだ。
「和希様、私を恨んでいらっしゃるでしょうね。」
 感情の無い声で、闇の中から石塚は言った。
「どうして。」
 ちゃんと声に出しているのか?この声は石塚に届いているのか?
 唇が動く感覚すらないまま和希は呟いた。
「啓太様を守ることができなかった。
 あなたの大切な人を、私は守りきることができなかった。」
 感情の無い声が響く。時折不自然な程に大きくなりながら、石塚の声が和希の頭に響く。
 頭が酷く痛んだ。
 飲みすぎていたのだ。ケイタを送り出し毛布を頭からかぶって無理矢理眠ろうとして眠れず、一人酒を飲んだ。
 毎晩飲んでいた。
 眠れなくて、苦しくて・・・浴びるほどに酒を飲みトロトロとまどろんで朝を迎える。
 それが日本に帰ってきてからの和希の日常だった。
「恨んでいらっしゃるのでしょうね。
 恨んでも恨んでも忘れられない。私の事も、久我沼の事も。」
「違う。」
「恨まれて当然です。私は守れなかった。
 啓太様をお守りすることが私の仕事だったというのに。
 大切なあなたから任された、私だけの仕事だったというのに・・・。」
 石塚の感情の無い声に、和希は訳も無く震えた。
「違う・・・・恨んでなんかいない。逢いたかった、石塚。」
 涙が和希の頬を伝った。
「逢いたかった。石塚、俺はお前に逢いたかった・・・。」
 逢って侘びを言いたかった。
「和希様・・・。私はあなたを恨んでいるのですよ。」
「・・・いし・・・づか?」
「恨んで、恨んで・・そうして心が残ってしまった。
 大切なあなたを恨みたくなど無かったのに、憎みたくなどなかったのに、憎んで恨んで、そして死に切れずに恨みの心だけをこの世に残して・・・そして・・・・。」
 感情の無い声が和希を責めていた。
 闇の中に響く声が、和希を責めていた。
「恨みの心だけを持った悪鬼となって私は・・・私は・・。」
 恨んでいると言いながらその声は静かで、憎んでいると言いながらその声はどこか悲しげで、和希は泣きながら石塚の名を呼び続けた。
「・・・恨んで・・・恨んで・・・誰よりも大切なあなたを恨んで・・・そして、私は・・・。」
「石塚!!」
 和希の叫びにも答えず、闇の声は告白を続けた。
「私は鬼になったのです。あなたを憎むあまり悪鬼となって、さまよい続けている。
 あなたに逢いたいと願い続け、その願いすら叶わないまま、さまよい続けているのです。」
 静かな声は、感情の無い声は、悲痛な叫びとなって和希の耳に届いた。
 ズキズキと頭が痛んだ。
 石塚の静かな声が、和希の頭を痛めつけていた。
「愚かだと笑ってください。
 あなたへの思いが強すぎて、悲しい鬼へと姿を変えた私を。
 死に切れず鬼となって生き恥を晒している私を。
 愚かだと笑ってください。」
 くすくすと笑い声が響いた。
「石塚・・・・。俺は、嬉しかったんだ・・・昨日・・お前の姿を見たとき夢かと、幻かと思った。
 それでも嬉しかったんだよ。」
 涙を流しながら、和希は言葉を続けた。
「恨んでもいい。俺を呪ってくれよ。
 なあ、俺をころしてくれ。石塚、お前に殺されるなら本望だ。」
 涙を流しながら、和希は叫んだ。
「私は鬼なのです・・・和希様・・・私の心は・・・鬼となってしまった。」
 声が遠くなっていく。
「石塚、行かないでくれ。石塚!!」
 涙を流しながら、和希は叫んでいた。叫んでそして、
「いし・・・づか・・・。」
 無理矢理に立ち上がろうとして、ふわりと体が揺れるのを感じ、和希はそのまま床に倒れこんだ。
「石塚・・・俺を恨んでいるんだね・・・だから俺の前に現れた・・・。
 それでもいい。もう一度、俺の前に・・・もう一度だけ・・・。」
 冷たい床に横たわりながら、和希は石塚の名前をうわ言の様に呼び続けた。

×××××

「和希様、おはようございます。」
「石塚・・・?」
「・・・・岡田です。和希様。」
 和希の声に岡田は堅い声で答えた。
「あ・・・。」
「朝食の用意が整っております。」
「ん。」
 ゆっくりと体を起こしながら、和希はぶるりと頭を振った。






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いずみんから一言

ようやく病気が見つかる、最後の検査を受けた前後に書かれたもの。
彼氏が東京からわざわざ青森まで来てくれて、GWの数日を一緒に過ごされた。
「9連休だなんて、ヒマだったんだろうなあ、この人……。こっちは仕事なんだよ、と思いつつ、熱があると怒られるので、必死に熱を下げては会う、というのを繰り返してました」
これは神様からの最後の贈り物だ。
地位もお金も向こうの世界には持っていけない。
でも思い出だけは持っていけるから。
みのりさまの最後の1年には、本当に神様の配慮としか思えないことがいくつもあるのだ。
でもそこまでするんだったら、もう少し早く病気を見つけるようにしてあげて欲しかった。

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